木浜稲荷神社の境内で見つけた、小さなお社

守山市木浜町にある木浜稲荷神社。

以前訪れたとき、境内をゆっくり歩いていると、本殿だけでなくいくつかの小さなお社があることに気づきました。

そのひとつが、

「樹下神社(じゅげじんじゃ)」

です。

滋賀県守山市木浜町の木浜稲荷神社境内に鎮座する樹下神社木浜稲荷神社の境内にひっそりと鎮座する「樹下神社(じゅげじんじゃ)」

大きなお社ではありません。

石灯籠の奥、石柱に挟まれるように小さな社殿があり、その前には柵が設けられています。

境内を何気なく歩いているだけなら、そのまま通り過ぎてしまうかもしれません。

でも、こういう小さなお社を見ると、

「ここには、どんな歴史があるんやろ?」

と気になってしまいます。

「樹下神社」は、じゅげじんじゃと読む

すぐそばには、樹下神社について書かれた案内板がありました。

木浜稲荷神社境内に設置された樹下神社の御祭神と由緒を記した案内板樹下神社の御祭神や、明応3年(1494年)から続く由緒が記されています。

まず目に入ったのが、

樹下神社(じゅげじんじゃ)

という読み方。

「樹下」と書いて「じゅげ」。

知らなければ、なかなかすぐには読めません。

案内板には、御祭神として

玉依姫命(たまよりひめのみこと)

と記されています。

そして、その由緒を読んでいくと、この小さなお社に長い歴史があることが分かりました。

始まりは明応3年、1494年

案内板によると、樹下神社の歴史は明応3年(1494年)までさかのぼります。

近世になり、野洲川の水を樋ノ口から取り入れる開発とともに、地域の守り神として、大槻源兵衛光兼によって日吉十禅子社が鎮座されたと記されています。

1494年。

今から500年以上前です。

目の前にある小さなお社だけを見ていると、そこまで長い時間が積み重なっているとは想像していませんでした。

木浜稲荷神社へ移された樹下神社

さらに案内板によれば、その後、明治39年(1906年)の合祀令によって稲荷神社の境内へ移され、「樹下神社」となったそうです。

その後も大槻家によって守られ、平成26年(2014年)2月に木浜稲荷神社の境内社として寄進されたと記されています。

1494年に始まり、時代の変化の中で場所や形を変えながら、現在まで残されてきたお社。

そう知ってから改めて見ると、最初に見たときとは少し印象が変わります。

動画でも、樹下神社まで歩いてみました

写真だけでなく、境内を歩いたときの様子も動画に残しました。

【動画挿入:今回の樹下神社の縦動画】

木々に囲まれた境内は静かで、ゆっくり歩いていると、小さなお社がひとつ、またひとつと現れます。

派手な観光スポットではありません。

でも、こういう場所を歩いて、

「これは何やろ?」

と足を止める時間が、最近は結構好きです。

有名な場所だけじゃなく、小さなものも残していきたい

滋賀には、有名な神社やお寺がたくさんあります。

でも、その境内の片隅にある小さなお社や、普段なら通り過ぎてしまうものにも、それぞれ歴史があります。

今回の樹下神社も、まさにそんな場所でした。

木浜稲荷神社を訪れなければ知らなかった。

境内を歩かなければ、気づかなかったかもしれない。

そして案内板を読まなければ、500年以上前まで歴史がつながっていることも知りませんでした。

こういう、

「滋賀に住んでいても知らなかったもの」

をひとつずつ拾って残していく。

それも「しがノオト」で続けていきたいことのひとつです。

木浜稲荷神社を訪れた際には、本殿へのお参りとあわせて、境内にひっそりと鎮座する樹下神社にも目を向けてみてください。

ABOUT ME
しがのTAKA
滋賀県守山市在住。地域メディア 「しがノオト」 運営者。 「何気ない滋賀の日常を未来へ残す」をテーマに、守山市を中心とした街歩きやカフェ・グルメ、地域のイベント、暮らしに役立つ情報などを発信しています。 また、YouTube 「湖畔ログ」 では、琵琶湖の四季や何気ない風景を映像で記録・配信中。写真や動画、記事を通して、滋賀の魅力を多くの方に届けることを目指しています。 何気ない一日も、未来から見れば大切な地域の記録。 そんな思いを込めて、滋賀の日常を発信しています。