犬を飼うなんて、少し前までまったく考えていませんでした。

というより、正確には「いつか飼えたらいいな」とは思っていても、実際に命を預かって一緒に暮らすところまでは、なかなか踏み切れなかったのだと思います。

ところが今、わが家には愛犬の「のあ君」がいます。

そして気がつけば、のあ君がわが家にやってきてから、もう一年半ほど。

今では家の中にのあ君がいることが、あまりにも当たり前になりました。

でも、その始まりを振り返ってみると、きっかけは意外なものでした。

一枚の「見積書」です。

わが家にのあ君がやってきたころ

この記事を最初に書いたのは、のあ君がわが家にやってきて2ヶ月半ほど経ったころでした。

当時、のあ君はもうすぐ生後5ヶ月。

生後3ヶ月くらいで家にやってきたので、一緒に暮らし始めてまだほんの少ししか経っていませんでした。

それなのに、そのころすでに、

「絶対にそこにいるもの」

という存在になっていたのを覚えています。

僕のすぐ近くに置いてあるケージの中で、おもちゃのボールを噛んでいる。

ときには、なかなかの暴れっぷりを見せる(笑)。

ほんの数ヶ月前まで犬のいなかった家なのに、不思議なものです。

では、そもそもなぜ犬を飼うことになったのか。

話はもう少し前にさかのぼります。

娘の長年の願いは「犬を飼いたい」

思えば、娘は年長さんくらいのころから、ずっと「犬を飼いたい」と言っていました。

成長するにつれて、その思いもどんどん強くなっていったように思います。

でも僕の返事は、いつも似たようなものでした。

「もう少し大きくなったらね」

「もう少し自分のことができるようになってからね」

そのたびに娘は、とても残念そうな顔をしていました。

ときには涙ぐむことも。

今振り返ると、本当にずっと犬と暮らしたかったんでしょうね。

ただ、当時の僕には、なかなか「よし、飼おう」とは言えませんでした。

犬を飼うことを考えられなかった日々

犬を飼うということは、かわいいだけでは済みません。

命を預かることです。

娘を育てること。

仕事のこと。

家庭のこと。

毎日の生活の中には、すでにやるべきことがたくさんありました。

そこへさらに「犬を飼う」という大きな責任を加える余裕が、当時の僕にはなかったのだと思います。

だから娘に何度お願いされても、なかなか首を縦に振れませんでした。

そんな僕が、なぜ犬を飼うことになったのか。

今考えても、ちょっと面白いきっかけでした。

運命を変えたのは、一枚の見積書?

ある日のこと。

娘が突然、一枚の紙を持って僕のところへやってきました。

「はい、パパ、これ」

見ると、ペットショップの見積書でした。

妻と一緒にペットショップへ行き、僕に見せるために店員さんに出してもらったらしい。

普通なら、ここで僕が、

「いやいや、まだ飼わへんで」

と言って終わるはずでした。

娘もきっと、そう思っていたのでしょう。

見積書を見せながら、どこか不安そうな顔で僕を見ていました。

ところが。

なぜか、その日の僕は違いました。

見積書を眺めながら、

「まぁ……いいかなぁ」

と思ったのです。

なぜなのかは、今でもよく分かりません。

僕の機嫌が良かったのか(笑)。

娘がずっと犬を欲しがっていたことが、どこか心に残っていたのか。

あるいは単純に「そろそろいいか」と思えるタイミングだったのか。

そして僕の口から出た言葉が、

「まぁ、ええんとちゃう」

でした。

「えーーーーーーーっ!」と叫んだのは妻だった

この言葉に最初に反応したのは、娘ではありませんでした。

妻です。

「えーーーーーーーっ!」

久しぶりに聞くくらいの大きな声(笑)。

妻は、

「ほんなん、絶対あかん言うと思って、見積もりもらってきたんや」

と。

どうやら妻も、最終的には僕のところで話がハネられると思っていたらしい。

つまり妻と娘は見積書を持ってきたものの、最後の砦である僕が「ダメ」と言う。

そんな展開を予想していたのでしょう。

ところが、まさかのOK。

そりゃあ、妻も「えーーーーーーーっ!」となります(笑)。

娘が泣いた

そして娘。

今まで見たことがないくらいの喜び方でした。

僕の周りをギャーッと叫ばんばかりに、くるくる回る。

本当に、体全体で「うれしい!」を表現していました。

そして少し落ち着いたころ、今度は泣き出しました。

「ほんまにええの、パパ?」

声にならないような声で、そんなことを聞いてきたのを覚えています。

長い間ずっとお願いして、そのたびに「まだね」と言われてきた犬との暮らし。

それが突然、本当になる。

娘にとっては、それくらい大きな出来事だったのでしょう。

ここで、

「いや、やっぱりあかん」

なんて言ったらどうなっていたのだろう。

……考えたくもありません(笑)。

おそらく娘の記憶に一生残る、とんでもない事件になっていたでしょう。

そして家族3人でペットショップへ

自分でも、なぜあの瞬間に気持ちが変わったのかは分かりません。

でも、あのときは本当に、

「犬を飼ってもいい」

と思ったんです。

そして、ご機嫌な娘と、僕のまさかの返答にまだ少し動揺している妻と僕。

家族3人で、あの見積書を出してもらったペットショップへ向かいました。

その先に待っていたのが、のあ君でした。

あのときはまだ、これから始まる犬との暮らしがどんなものになるのかなんて、まったく分かっていませんでした。

あれから一年半、のあ君はどうなった?

この記事を最初に書いたころは、

「また別のエピソードに続きます」

なんて書いていました。

ところが……。

続きを書かないまま、気づけば一年半ほど経ってしまいました(笑)。

そして現在。

のあ君は、もちろん元気にわが家で暮らしています。

最初のころは、何をするにも新鮮でした。

ごはんを食べる。

水を飲む。

遊ぶ。

眠る。

家の中を歩き回る。

そんな何でもない行動ひとつひとつを家族みんなで見ていた気がします。

でも一年半も一緒にいると、それが少しずつ「日常」に変わっていきました。

そこに犬がいる。

家族が動けば、のあ君も動く。

静かだなと思ったら寝ている。

何か食べていたら、いつの間にか近くにいる(笑)。

そんな風景が、すっかりわが家の日常になりました。

犬を飼うことは、やっぱり簡単ではなかった

もちろん、楽しいことばかりではありません。

犬と暮らす以上、ごはんも必要ですし、散歩も必要。

トイレの世話もあれば、体調のことも気になります。

出かけるときには、のあ君のことも考えなければなりません。

飼う前に僕が感じていた、

「命を預かるのだから簡単には決められない」

という気持ちは、間違っていなかったと思います。

実際に一緒に暮らしてみて、改めてその責任を感じることもあります。

でも、それ以上に変わったことがあります。

家族の日常の中に、のあ君が加わったことです。

これは、飼う前には想像できませんでした。

「そこにいるのが当たり前」になった

この記事を書き始めたころ、僕はこんなことを書いていました。

「わずか2ヶ月半だけど、すでにもう絶対にそこにいるものという存在になっている」

今読み返すと、ちょっと面白い。

まだ2ヶ月半しか一緒に暮らしていなかったのに、そんなことを思っていたんですね。

でも、一年半ほど経った今なら、もっとはっきり言えます。

のあ君が家にいることは、もう完全に当たり前になりました。

「犬を飼っている」という感覚とも、少し違ってきた気がします。

家族の中に、のあ君がいる。

ただ、それだけ。

もしかすると「家族になる」というのは、こういうことなのかもしれません。

まとめ|すべては一枚の見積書から始まった

改めて考えると、不思議です。

あの日、娘が見積書を持ってこなかったら。

僕がいつものように「まだ早い」と言っていたら。

のあ君は、今この家にはいなかったかもしれません。

人生を大きく変える出来事というと、何か特別なことを想像します。

でも実際には、そんな大げさなものではないのかもしれません。

わが家の場合は、

娘が差し出したペットショップの一枚の見積書でした。

「はい、パパ、これ」

そこから、のあ君との暮らしが始まりました。

あのとき僕が言った、

「まぁ、ええんとちゃう」

という何気ない一言。

一年半後の今、家の中で当たり前のように過ごしているのあ君を見ていると、あの一言でわが家の日常はずいぶん変わったんだなと思います。

そして何より、あの日、僕の周りをくるくる回って、最後には泣きながら喜んでいた娘。

あの表情を見られただけでも、あの日の決断には意味があったのかなと思っています。

これから先、のあ君がどれくらいわが家にたくさんの思い出を作ってくれるのか。

いや、きっと「作ってくれる」というより、のあ君がいる普通の日々そのものが、あとから思い出になっていくのでしょう。

あの日の見積書から始まった、わが家とのあ君の暮らし。

これからも、まだまだ続いていきます。

ABOUT ME
しがのTAKA
滋賀県守山市在住。地域メディア 「しがノオト」 運営者。 「何気ない滋賀の日常を未来へ残す」をテーマに、守山市を中心とした街歩きやカフェ・グルメ、地域のイベント、暮らしに役立つ情報などを発信しています。 また、YouTube 「湖畔ログ」 では、琵琶湖の四季や何気ない風景を映像で記録・配信中。写真や動画、記事を通して、滋賀の魅力を多くの方に届けることを目指しています。 何気ない一日も、未来から見れば大切な地域の記録。 そんな思いを込めて、滋賀の日常を発信しています。